【現代怪奇譚】浦島(第9話)
いつだったか、子供の頃、爺さんに聞いた話。
爺さんはとにかく喋らないが温和。
なのに若いころの爺さんを知る人はみんな口を揃えて、「あの人は怒ると本当に恐い」と言ってたから、いつか突然怒られる日がくるのか?と内心ビビッていた。
そんな爺さんが、お盆の夜、長々と俺たちに話してくれたことがある。
最初はいつまでも寝ずにくっちゃべってた俺と従兄を叱りに来たのかと思った。
でもやっぱ爺さんは怒らない。
その時は“俺も仲間に入れてくれ”と言わんばかりに俺たちの布団の間に座った。
「お前たちは見る時代かもしれないしな…」
唐突に変なことを言ったので俺は従兄と顔を見合わせた。
お構いなしに爺さんは話を始めた。
爺さんは若かった頃、夏になると暑さをしのぐ為に毎晩のように近くの島まで小舟を出し、涼みがてら夜釣りをしていたそうだ。
そんである日、いつもはしないがその小さな島に上がって釣りをしようと思ったという。
学校の友達から『あそこは出る』なんて聞いていたから、「だったら自分で確かめてやろう。」みたいな、今でいう心霊スポット探索みたいな気分だったのかもしれない。
手元の明かりと対岸の灯台の明かり、遠くで漁をしてる船が点々と見えるだけで、そうとう暗かったらしいが、釣り自体は風が心地よく、釣果もなかなかだったと言っていた。
しばらくして足元の岩場に白い物が浮き上がってきたので「イカか?こんなところに?」と明かりを近付けて覗き込んだという。
すると、ゆっくりと浮かび上がってきたそれが、“人の手”だ、と気付いた時にはもう足を掴まれていてすごい力で引っ張られた。
…という所まで聞いて、俺たちはようやく、これが怖い話なのでは?と気付いた。
先に言っとくけど、幽霊とかそういう話ではない(?)と俺は思う。
従兄は耳を塞いだが、「大丈夫だ、怖くない」と爺さんは肩に手をのせた。
耳から手を外させると、そのまま話を再開した。
抵抗しようとはしたが、一旦ここで意識が飛んだらしい。
次に気が付いた時は、船を出した砂浜に寝転んでいたという。
しかも、真昼間みたいに明るい。
さらに普通じゃないのが、風景が静止画のようで、行き交う人も残像のように見える。
その時、浴衣を着ている人間、洋服の人間、手漕ぎじゃないデカイ船、派手な色の車、その時代にはなかった市場やテトラポット…とさまざまな物を見たらしい。
自分が年を取って、砂浜にテトラポットを積まれた時はかなり驚いたと言っていた。
要は、爺さんはその時、先にその場で起こる未来を超高速で視た?ってのを言いたかったんだと思う。
聞いてて「超高速」って思ったのは「目の前の風景は止まって見えるのに、明るくなったり、暗くなったりを繰り返しまくった」「気が付くと絵が変わる(?)」みたいな言い方をしてたから。
それで、なんでか最後の方、堤防とか色んなものが増えて、自分の立っている位置が波打ち際から遠くなっているのに気付いて、一瞬場面が赤くなったと思ったら、「何もなくなった」と言った。
『おい、大丈夫か?オイ!起きろ!』
って言われて気付いたら、自分の漕いでいた船の上で寝てて、別の船でやってきた近所のおっさんに起こされたんだって。
もう明るくなってて、けっこう沖の方に流されてたみたい。
ちゃんと何があったか整理するまで時間がかかったけど、釣竿は船の中。釣ってたはずの魚はない。そもそも島に上がったところからも夢だったのか?と思いながら、おっさんになんかガミガミ言われたけど、上の空だったという。
でもこれが夢じゃなくて実際あった出来事だったと気付いたのはその日の夕方。
隣の家のにいちゃんが「S島にお前んとこの屋号が書かれた桶があった」と届けてくれたという。中に魚はいなかったが、島のどこにあったか聞いたら、自分が白い手を見た付近だと分かった。
それから何十年も経って、テトラポットや漁協組合所、市場ができて完全に腑に落ちたというわけ。
爺さんは説明があんま細かくなくて、「それってこういうこと?」みたいなのを俺たちに聞かれて「そうだな。」とか「いや、多分違う。」とかでどうにか組み立てた感じだから、正直俺自身も詳細はよくわかってない。
もう中学の頃にはまだらボケだったし、この話を掘り起こそうとしても「おう!そうだ。」みたいに、何聞いても相槌打つばかりでダメだった。
だからまぁ、この話も従兄と俺の見解を組み立ててどうにか話にした程度です。
俺らが何となく気になってるのは、「最後なんもなくなった」って部分かな。
これからのことも爺さんが一通り視てたとするなら、結局コワい話なのかも。