【現代怪奇譚】異次元バス(第10話)
もう何年も前の話だけど、私がイギリスに留学していた時に体験した話。
変と言えば変だし、そういうこともあるのでは?くらいに思うかもしれない。
その程度の出来事なんだけど、やっぱ別の国で生活するって非日常的なことが結構起こる。
上げていったらキリがないけど、その中でも印象に残ってる話。
イギリスは結構出稼ぎの留学生みたいな人が多くて、私の語学学校とかはとくに、日本人、コロンビア人、韓国人、中国人でほぼ80%以上を占めていた。
だからたまにフランス人、イタリア人、スペイン人みたいな生徒が入って来るとちょっとクラスがざわっとする感じ。みんな質問しまくって人気者みたいになっていた。
実際、クラスを教えてたイギリス人教師も、「街単位でみてもイギリス人より異国の人のが多い。その内この国はインドになるかもしれない」なんて謎のジョークも飛ばしていた。
ある日のこと、バイトで帰りが0時を過ぎてしまったんだけど、ロンドンは深夜バスも多く、利用する人も多いので若干あせりはしたけど、「まぁ帰れるし」くらいの軽い気持ちだった。
繁華街のバス停だったから10人ちょっとくらい待っている人がいたんじゃないかと思う。
その中に、こっちを気にしている10代後半~20代前半くらいの白人の男の子がいたのが気になった。
語学学校の子?とか思ったけど、心当たりもないし、人違いか他の人を見てるのかも。と思ったのでこのことは一旦頭から離れた。
やっと来たバスの中は混雑してて、座れないくらい人でいっぱいだった。それこそ暗いから外も見えづらいし、人の話し声でバスのアナウンスが聞こえないくらい。
私はビビりだからアナウンスを聞き逃さないように、自分の降りるバス停の名前と近くのバス停の名前に集中していた。
だけど途中で焦り始める。聞き覚えのあるバス停の名前がまったくコールされない。
この辺りから「あれ?バス間違えた?」なんて考えたりもしたけど、バス停名をコールする度、ちゃんと「19(ナインティーン)to ○○(行先)」とバスナンバーもコールされた。
合ってる。
けど、毎日使っている19番のバスなのに知っているバス停がコールされない。
体感ではこの辺りが自分の降りたいバス停のはずなんだけど…
一人でちょっとパニックになって、一旦降りてみるか?と、ドア付近を見たら、さっきの男の子と目が合った。
ほとんど反射的に目を逸らしたのは、なぜかこの時、「やっぱりこの子は私を見ている」と確信したから。
中途半端にわけわからん所で降りても怖いから、終点まで行って、このバスが市内にそのまま折り返すかもしれなし。と思ったのと、何なら男の子がその間どっかのバス停で降りてくれるだろうと思ったのもあって、終点付近は治安が悪いのを承知で腹をくくった。
私は市内にある学校に行く以外の目的で逆方向に向かったことがなかったので、たかが深夜バスだが相当ビビっていた。
そして、恐怖に追い打ちをかけるように男の子が降りて行かない。
そうこうしている内に気付けばバスに乗ってるのも十数名って感じ。
とうとう終点が告げられた。
前後の出入り口から、みんなさっさとバスを降りて行く。
人がまだ近くにいる内に!と慌てて運転手にカタコトの英語で「目的地で降りれなかった」「このバスは市内に戻る?」みたいに聞いたけど、面倒くさそうに「よくわからない」みたいなそぶりをされて降りるように促された。
仕方がないからバスを降りると、もうバスを降りた人は結構遠くに行ってしまっていて、バスもすごい勢いで旋回して行ってしまった。
しかも降りた場所は謎の倉庫街みたいな場所。
コンテナがいっぱい並んでて、赤?オレンジ?だけの街灯が恐さを煽った。
とにかくバスが走って行った方向に行って大通りに出ようと走り出した時、後ろから声を掛けられた。
「Hey!」
さっきの男の子。
血の気が引くというのはああいう感覚なのだと思う。
どうしようどうしようどうしよう!
とにかく歩きを止めず返事はした。「Me?」
男の子は小走りに駆け寄って「帰るの?家どこ?一人じゃ危ないよ?」みたいなことを言って来た。
いやいやいや!この局面で一番危険なのあんただから!!とか思いながら更に歩く速度を上げた。
歩きながら、落ち着け。相手はどう見ても年下!しかも小柄!細い!私は昔武道を習ってた!いざとなれば…!なんてわけわからないことまで考えてた。
で、少し大きな通りが見えたから落ち着いてきて、「君こそどこ行くの?帰らないの?家この辺なんでしょ?」と聞いてみた。
返って来た言葉に唖然とした。
「いいや?このバスも初めて乗ったし、君が乗ったから乗った」と。
コイツ危ない!
ナンパにしたって知らない女の乗る、知らない行先のバスに乗って黙ってついて来る神経。
普通じゃない。
心臓がバクバクいって耳鳴りまでした。
だけど相手は極めて冷静に「帰るの?危ないから家まで送るよ」と話し続ける。
こわい!こわい!こわい!
悲鳴が出そうになるのを堪えていたら、急に男の子が立ち止まった。
「わかった。当ててやろうか?降りそびれたんだろ?自分のバス停で?」
そんなようなことを言ったと思う。
だけど、この際その正解はどうでもいい。どっか行ってくれ!!と心から願った。
とはいえバス停が見つからないことにはどうにもならない。
最悪交番でもスーパーでもいいから人の気配を感じたかった。
「市内に戻りたいならバス停はそっちじゃないよ。」
後ろからそういわれて、「あんたここ来るの初めてって言わなかった?!」とちょっとキレ気味に返した。
「そうだけど、こっちなもんはしょうがない」みたいな、ちょっと逆ギレ?ふてくされた感じで言われた。
なんでこの時その子の言葉を信じようと思ったのかは記憶にない。
必死すぎてもう思考することすら放棄したのかもしれない。ここからのことがあやふやなんだけど、なんでかこの後バス停へスムーズに歩いて行った。
しかもバス停に着く頃には男の子に対する警戒も薄れていた気がする。
彼の名前は忘れた。年は21って言ってたから案の定若かった。印象的だったのは「一人でベラルーシから来た」と言っていたこと。
あとのことは殆んど何を言っているのか語学力的に意味がわからなくてテキトーに相槌を打っていた。
15分くらい待って、来たバスに一緒に乗って、バスに乗った途端また警戒心が蘇った。
「あんたどこ行くの?」
男の子は「君を家に送ったら街に戻って…映画でも行こうかな。」と言った。
ロンドンってオールナイトの劇場があるの?みたいに思ったけど、「君を家に送ったら」って所が恐くなったのでかなり大きめに「ノーサンキュー」って言ったと思う。
肩をすくめる男の子に何度か「送る」と言われたけど、断り続けている内に最寄のバス停に着いた。
降りて来られては困るので、降りようとし掛けた男の子に自分でも何故だか分からないけど、90度くらいのビシッとした礼をした。
男の子は降りずにドアが閉まり、手を振るっていうか挙げるみたいな素振りをした。
で、何故かその後ろの席に座ってたかなりデカイ黒人男性が私に親指を立てた。
バス停から7分くらいのフラットに着いてドアを開けた時に空が明るくなりかけてることに気付いた。
どう考えてもおかしい。
バスに乗った時点で日付は変わっていたけど、市内から終点まで30分~40分くらいのはず。
迷ってた時間を長めに見積もってもせいぜい2~3時間程度のはずなのに。
あのあと数日して怖さが薄らいだ頃、バスの時間とか色々調べてフラットメイトと考察したけど、一体何が問題だったのかさえ分からず仕舞い。
まずあのベラルーシ人の男の子は絶対不思議だけど、バスが変だったのか、終点の異様な雰囲気も引っ掛かるし、終点で迷っていた時間の感覚とか意識の変化、知らない間に変な時空にトリップしてたみたいなこともあり得るかも知れない。
後日談として、私はその後2回その男の子を見掛けた。
一度はこちらは気付いたが向こうは気付いていなかったと思う。
最後はクラスの男の子と信号待ちをしている時、反対側で信号待ちしている人の中に彼がいた。
明らかに「あ!」という顔をされたが、私は話に夢中で気付かない振りをしてしまった。
すれ違いざま、立ち止まって「こちらに気付いて欲しい」という雰囲気があったが、気付かない振りをしてしまった。
これ以降一度もその男の子は目撃していない。
とはいえ、3度も見たのだから実在する人物ではあるのだと思う。
日本に帰国してからも私が人生で出会ったたった一人のベラルーシ人。
10年以上経った今、顔も思い出せないけど、もう怖さとかはない。
なんとなく、ありがとうって思う。多分あそこまで深く頭を下げたのも最初で最後。