【現代怪奇譚】UMA(第12話)

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私はこれまで3人の人から、「妙なものを見た」という話を聞いたことがある。

 

幽霊とか妖怪とかUFOとか、非科学的なものには懐疑的なタイプの私ですが、実際見たというこの人達は私が特に信用できるタイプの人々でした。

 

初めてこの手の話を聞かせてくれたのは、幼馴染のお母さん。

とてもおとなしい人で、地元の女子高を出てる才女といった雰囲気の人です。

 

その人は高校での授業中、グランドに面した窓際の席で、体育の授業を受ける気になる先輩を盗み見ていたそうです。

 

その時、自分の目の高さを「ホウキに乗った魔女が通り過ぎた」というのです。

 

驚きのあまり「ひゅっ…」と変な声を上げてしまった為、みんなが自分に注目し、変な空気になったと言いますが、同じものを見た人はいなかったとのこと。

 

幼馴染いわく、「いろんな人にこの話をしていて同じものを見た人がいないか探しているみたいだ」とのことでした。

 

次は勤務先のおじさんに聞いた話。

その人は基本笑ったこともみたことないような、いわゆる堅物で、良い人だけどとっつきにくい。

 

でも、ある日こんな話を聞かせてくれた。

 

北陸出身のこのおじさんは、若いころは地元で身内の林業を手伝っていたという。

 

もう日も落ちそうだってことで、作業を引き上げトラックに積み込み作業をしていた時、荷台にそれはいた。

 

小さな枝をかき集めて背中に背負う15cm程度のおっさん。

お互い目が合うと、小さなおっさんは、ボリボリと頭をかきながら後退りし、そのまま荷台から飛び降りて消えたという。

 

最後は近所の神主さんの話。

やはり神職に就いていると、時には死霊・生霊などよからぬものを見たり、天狗や鬼のようなものを視ることもあるという。

 

とはいえ、その神主さんが「今もそこにいるけど」といったのは、天使みたいな姿のものだという。

 

長いウェーブがかった10円玉のような髪色で、重そうな大きな羽根がついている。

飾りなのか頭には金色の輪っかのようなものをはめていて、白いワンピースのような足元まで長い服の上には薄緑のグラデーション状の羽織を着ている。

 

「どこどこ??」なんて目をこらしていると、バイトの巫女さんがやって来た。

 

「今日もいますね。機嫌が良さそう。」

 

他の関係者には視えないらしいのですが、神主さんの他にはこの巫女さんも視えるとのことでした。

 

これらの話はどれも「ただ居る」というだけで、“災いが”とか“幸運が”って話じゃないんですが、どの人も私が人としてとても信頼している人たちで、疑う余地もありません。

 

だからどうって話でもないんですが、最後の神主さんによると、「霊感」というよりは「チャンネル?波長?が合うものと出くわすと誰でも視える」のだそうです。

 

 

 

【現代怪奇譚】海中世界(第11話)

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私が友人の子供から聞いたお話です。

 

小3の子供の言うことですから、本当に?と思われるかも知れませんが、とても落ち着いた子で、話の辻褄が合っていた為に思わず聞き入ってしまいました。

 

ここでは仮に“Rちゃん”とします。

 

友人が『旦那さんの仕事の付き合いで同席しなければならない』というので、一晩彼女をうちのマンションで預かることになったんです。

 

けっこう私になついてくれていたので、私もRちゃんを預かることに抵抗はなかったし、夕食の準備をしている間に宿題を終わらせてくれたりと、まったく手が掛かりませんでした。

 

夕飯を食べながら、「Rちゃん、夏休み、家族で沖縄行ったんでしょ?楽しかった?」

と、話を振ってみると、「楽しかったよ!」とパッと顔を明るくしましたが、ちょっと何か引っかかったようでした。

 

「…お母さんにさ、言わない?」

 

え?なんだろう?とは思いつつ、あまり深く考えないで「うん、なあに?」と聞き返しました。

 

「海でね、あんまり遠くに泳いで行くのはだめだよって言われたの。」

 

そういえば、Rちゃんは水泳が得意で、市民プールに連れて行っても放っておけば延々と泳いでいる、と聞いたことがありました。

 

「でもね、沖縄の海ってね、ずぅーっと浅いの。足がつくし、楽しくて泳いでたら、どこだか分からなくなっちゃったの。」

 

「へぇ!すごいね!私泳げないから羨ましい!いっぱい泳いだんだね!」

実際何事もなく無事だったわけだし、長所を褒めてあげようと思いました。

 

照れ笑いしたけど、すぐまた記憶を辿るように、「うん…海もね、これくらいの高さだったし、でもどっちから泳いできたか分からないし、誰もいないし、怖くなっちゃった。」

 

“これくらい”という時手で付けた高さは首くらいでした。

子供の高さで首くらいというのですから、まだかなり浅瀬だったのでしょう。

 

とはいえ泳いできた方角が分からない(陸が見えなくなる)ほど沖なのに浅瀬?と、

沖縄すごいな。とか思いながら聞いていました。

 

「そしたらね、急にひとが泳いできたの。」

 

あら?まだ続くのね(笑)なんて思いながら、「良かったじゃん!一緒に戻れば安心だね。」と言ったら、ちょっと眉間に皺を寄せられてしまいました。

 

「でも、帰らないひとたちだし、口でおしゃべりしなかったから…」

 

“帰らない人”を勝手に“地元の人”と解釈しつつも“口でおしゃべりしない”って沖縄なまりが強すぎてコミュニケーションが取れないってことかしら?とか考えている内に、Rちゃんはさらに続けました。

 

「違うの。そこがおうちだって言ってたし、耳がなくてね、それで細い羽根みたいなのと、あとさ、ハダカみたいな感じ。」

 

こんな風な口調で説明してくれました。

 

興味が湧いた私は、このあと色々聞いてみたのですが、要約すると、そこに泳いで来たのは大人2人、子供3人。(追ってあとから大人2人更に増えたようです)

 

人のようだが皆耳がなく、背中にトビウオのような羽根がついていて、顔つきとしては、外国人のような顔立ちで、男性か女性かみたいな区別はついたと言います。

腕や背中の辺りには虹色の鱗状のものがあって、女性はバストのようなふくらみはあるけど乳首がなかった。肌は顔から鎖骨辺りまでが肌色。それより下は徐々に銀色だったんだとか。

 

泳ぎはとても早く、クロールでも平泳ぎでもなかったと。

 

全体を聞いてからようやく理解できたのですが、「口でしゃべらない」というのは、口を動かさずに、「どうしたの?(どこから来たの?)」みたいな言葉を額で受け取るような感覚だったそうです。

 

なにか話し掛けられると眉間の辺りが「ジンジンした」と言っていました。

 

男の子が不思議がってRちゃんの周りをくるくる泳ぎ回り、お母さんなのか、最初に話し掛けてきた女性は、「怖がらせちゃうから止めなさい」みたいなことを男の子に言ったのも聞いたと言います。

 

どうしたらいいか分からないので、Rちゃんは普通に「日本語で返した」と言っていましたが、話に少し間が空くものの、また向こうも同じ方法で返答してくれたそうです。

 

その女性は困った顔をしながらも、男性とあとから追いついた女性のほうと、なにかやり取りしたあと、「会えてうれしかった」「これは幸運なこと」「ずっとつながっている(?)」みたいなことをそれぞれが言い、真顔だった子供たちもニコニコしていたと言っていました。

 

「いつでも帰れるし、いつでも傍にいるのよ、私たちはずっとここにいる」と、あとから泳いできた女性が、Rちゃんの額に自分の額をつけたと思ったら、太陽を直接見続けたあとみたいに眩しくなって、陸から100mくらいのところに立っていた。とのことでした。

 

その間、その人たちに対してまったく恐怖感もなかったといいますが、正直私はそんなビジュアル見たら失神するかも…と思いました。

 

せっかく話してくれたのに怖がらせてもしょうがないし、「人魚かな?会えて良かったね!」なんて言ったら喜んでいましたが。

 

ニライカナイ?とかも考えましたが、何かしっくりこないというか…

 

当然それがなんだったのかはわからず仕舞いですが、その人たちはRちゃんに優しくしてくれたようだし、聞いていてちょっとほっこりしました。

 

もう少し大きくなったらきっとお母さんにも自分から話すんじゃないでしょうかw

【現代怪奇譚】異次元バス(第10話)

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もう何年も前の話だけど、私がイギリスに留学していた時に体験した話。

 

変と言えば変だし、そういうこともあるのでは?くらいに思うかもしれない。

その程度の出来事なんだけど、やっぱ別の国で生活するって非日常的なことが結構起こる。

 

上げていったらキリがないけど、その中でも印象に残ってる話。

 

イギリスは結構出稼ぎの留学生みたいな人が多くて、私の語学学校とかはとくに、日本人、コロンビア人、韓国人、中国人でほぼ80%以上を占めていた。

 

だからたまにフランス人、イタリア人、スペイン人みたいな生徒が入って来るとちょっとクラスがざわっとする感じ。みんな質問しまくって人気者みたいになっていた。

 

実際、クラスを教えてたイギリス人教師も、「街単位でみてもイギリス人より異国の人のが多い。その内この国はインドになるかもしれない」なんて謎のジョークも飛ばしていた。

 

ある日のこと、バイトで帰りが0時を過ぎてしまったんだけど、ロンドンは深夜バスも多く、利用する人も多いので若干あせりはしたけど、「まぁ帰れるし」くらいの軽い気持ちだった。

 

繁華街のバス停だったから10人ちょっとくらい待っている人がいたんじゃないかと思う。

その中に、こっちを気にしている10代後半~20代前半くらいの白人の男の子がいたのが気になった。

 

語学学校の子?とか思ったけど、心当たりもないし、人違いか他の人を見てるのかも。と思ったのでこのことは一旦頭から離れた。

 

やっと来たバスの中は混雑してて、座れないくらい人でいっぱいだった。それこそ暗いから外も見えづらいし、人の話し声でバスのアナウンスが聞こえないくらい。

 

私はビビりだからアナウンスを聞き逃さないように、自分の降りるバス停の名前と近くのバス停の名前に集中していた。

 

だけど途中で焦り始める。聞き覚えのあるバス停の名前がまったくコールされない。

 

この辺りから「あれ?バス間違えた?」なんて考えたりもしたけど、バス停名をコールする度、ちゃんと「19(ナインティーン)to ○○(行先)」とバスナンバーもコールされた。

 

合ってる。

けど、毎日使っている19番のバスなのに知っているバス停がコールされない。

体感ではこの辺りが自分の降りたいバス停のはずなんだけど…

 

一人でちょっとパニックになって、一旦降りてみるか?と、ドア付近を見たら、さっきの男の子と目が合った。

 

ほとんど反射的に目を逸らしたのは、なぜかこの時、「やっぱりこの子は私を見ている」と確信したから。

 

中途半端にわけわからん所で降りても怖いから、終点まで行って、このバスが市内にそのまま折り返すかもしれなし。と思ったのと、何なら男の子がその間どっかのバス停で降りてくれるだろうと思ったのもあって、終点付近は治安が悪いのを承知で腹をくくった。

 

私は市内にある学校に行く以外の目的で逆方向に向かったことがなかったので、たかが深夜バスだが相当ビビっていた。

 

そして、恐怖に追い打ちをかけるように男の子が降りて行かない。

 

そうこうしている内に気付けばバスに乗ってるのも十数名って感じ。

とうとう終点が告げられた。

 

前後の出入り口から、みんなさっさとバスを降りて行く。

 

人がまだ近くにいる内に!と慌てて運転手にカタコトの英語で「目的地で降りれなかった」「このバスは市内に戻る?」みたいに聞いたけど、面倒くさそうに「よくわからない」みたいなそぶりをされて降りるように促された。

 

仕方がないからバスを降りると、もうバスを降りた人は結構遠くに行ってしまっていて、バスもすごい勢いで旋回して行ってしまった。

 

しかも降りた場所は謎の倉庫街みたいな場所。

 

コンテナがいっぱい並んでて、赤?オレンジ?だけの街灯が恐さを煽った。

 

とにかくバスが走って行った方向に行って大通りに出ようと走り出した時、後ろから声を掛けられた。

 

「Hey!」

 

さっきの男の子。

血の気が引くというのはああいう感覚なのだと思う。

 

どうしようどうしようどうしよう!

 

とにかく歩きを止めず返事はした。「Me?」

 

男の子は小走りに駆け寄って「帰るの?家どこ?一人じゃ危ないよ?」みたいなことを言って来た。

 

いやいやいや!この局面で一番危険なのあんただから!!とか思いながら更に歩く速度を上げた。

 

歩きながら、落ち着け。相手はどう見ても年下!しかも小柄!細い!私は昔武道を習ってた!いざとなれば…!なんてわけわからないことまで考えてた。

 

で、少し大きな通りが見えたから落ち着いてきて、「君こそどこ行くの?帰らないの?家この辺なんでしょ?」と聞いてみた。

 

返って来た言葉に唖然とした。

「いいや?このバスも初めて乗ったし、君が乗ったから乗った」と。

 

コイツ危ない!

ナンパにしたって知らない女の乗る、知らない行先のバスに乗って黙ってついて来る神経。

 

普通じゃない。

 

心臓がバクバクいって耳鳴りまでした。

 

だけど相手は極めて冷静に「帰るの?危ないから家まで送るよ」と話し続ける。

 

こわい!こわい!こわい!

 

悲鳴が出そうになるのを堪えていたら、急に男の子が立ち止まった。

 

「わかった。当ててやろうか?降りそびれたんだろ?自分のバス停で?」

そんなようなことを言ったと思う。

 

だけど、この際その正解はどうでもいい。どっか行ってくれ!!と心から願った。

 

とはいえバス停が見つからないことにはどうにもならない。

最悪交番でもスーパーでもいいから人の気配を感じたかった。

 

「市内に戻りたいならバス停はそっちじゃないよ。」

 

後ろからそういわれて、「あんたここ来るの初めてって言わなかった?!」とちょっとキレ気味に返した。

 

「そうだけど、こっちなもんはしょうがない」みたいな、ちょっと逆ギレ?ふてくされた感じで言われた。

 

なんでこの時その子の言葉を信じようと思ったのかは記憶にない。

 

必死すぎてもう思考することすら放棄したのかもしれない。ここからのことがあやふやなんだけど、なんでかこの後バス停へスムーズに歩いて行った。

 

しかもバス停に着く頃には男の子に対する警戒も薄れていた気がする。

 

彼の名前は忘れた。年は21って言ってたから案の定若かった。印象的だったのは「一人でベラルーシから来た」と言っていたこと。

 

あとのことは殆んど何を言っているのか語学力的に意味がわからなくてテキトーに相槌を打っていた。

 

15分くらい待って、来たバスに一緒に乗って、バスに乗った途端また警戒心が蘇った。

「あんたどこ行くの?」

 

男の子は「君を家に送ったら街に戻って…映画でも行こうかな。」と言った。

 

ロンドンってオールナイトの劇場があるの?みたいに思ったけど、「君を家に送ったら」って所が恐くなったのでかなり大きめに「ノーサンキュー」って言ったと思う。

 

肩をすくめる男の子に何度か「送る」と言われたけど、断り続けている内に最寄のバス停に着いた。

 

降りて来られては困るので、降りようとし掛けた男の子に自分でも何故だか分からないけど、90度くらいのビシッとした礼をした。

 

男の子は降りずにドアが閉まり、手を振るっていうか挙げるみたいな素振りをした。

で、何故かその後ろの席に座ってたかなりデカイ黒人男性が私に親指を立てた。

 

バス停から7分くらいのフラットに着いてドアを開けた時に空が明るくなりかけてることに気付いた。

 

どう考えてもおかしい。

 

バスに乗った時点で日付は変わっていたけど、市内から終点まで30分~40分くらいのはず。

迷ってた時間を長めに見積もってもせいぜい2~3時間程度のはずなのに。

 

あのあと数日して怖さが薄らいだ頃、バスの時間とか色々調べてフラットメイトと考察したけど、一体何が問題だったのかさえ分からず仕舞い。

 

まずあのベラルーシ人の男の子は絶対不思議だけど、バスが変だったのか、終点の異様な雰囲気も引っ掛かるし、終点で迷っていた時間の感覚とか意識の変化、知らない間に変な時空にトリップしてたみたいなこともあり得るかも知れない。

 

後日談として、私はその後2回その男の子を見掛けた。

 

一度はこちらは気付いたが向こうは気付いていなかったと思う。

 

最後はクラスの男の子と信号待ちをしている時、反対側で信号待ちしている人の中に彼がいた。

 

明らかに「あ!」という顔をされたが、私は話に夢中で気付かない振りをしてしまった。

 

すれ違いざま、立ち止まって「こちらに気付いて欲しい」という雰囲気があったが、気付かない振りをしてしまった。

 

これ以降一度もその男の子は目撃していない。

とはいえ、3度も見たのだから実在する人物ではあるのだと思う。

 

日本に帰国してからも私が人生で出会ったたった一人のベラルーシ人。

10年以上経った今、顔も思い出せないけど、もう怖さとかはない。

 

なんとなく、ありがとうって思う。多分あそこまで深く頭を下げたのも最初で最後。

 

【現代怪奇譚】浦島(第9話)

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いつだったか、子供の頃、爺さんに聞いた話。

 

爺さんはとにかく喋らないが温和。

なのに若いころの爺さんを知る人はみんな口を揃えて、「あの人は怒ると本当に恐い」と言ってたから、いつか突然怒られる日がくるのか?と内心ビビッていた。

 

そんな爺さんが、お盆の夜、長々と俺たちに話してくれたことがある。

最初はいつまでも寝ずにくっちゃべってた俺と従兄を叱りに来たのかと思った。

 

でもやっぱ爺さんは怒らない。

その時は“俺も仲間に入れてくれ”と言わんばかりに俺たちの布団の間に座った。

 

「お前たちは見る時代かもしれないしな…」

 

唐突に変なことを言ったので俺は従兄と顔を見合わせた。

 

お構いなしに爺さんは話を始めた。

 

爺さんは若かった頃、夏になると暑さをしのぐ為に毎晩のように近くの島まで小舟を出し、涼みがてら夜釣りをしていたそうだ。

 

そんである日、いつもはしないがその小さな島に上がって釣りをしようと思ったという。

 

学校の友達から『あそこは出る』なんて聞いていたから、「だったら自分で確かめてやろう。」みたいな、今でいう心霊スポット探索みたいな気分だったのかもしれない。

 

手元の明かりと対岸の灯台の明かり、遠くで漁をしてる船が点々と見えるだけで、そうとう暗かったらしいが、釣り自体は風が心地よく、釣果もなかなかだったと言っていた。

 

しばらくして足元の岩場に白い物が浮き上がってきたので「イカか?こんなところに?」と明かりを近付けて覗き込んだという。

 

すると、ゆっくりと浮かび上がってきたそれが、“人の手”だ、と気付いた時にはもう足を掴まれていてすごい力で引っ張られた。

 

…という所まで聞いて、俺たちはようやく、これが怖い話なのでは?と気付いた。

 

先に言っとくけど、幽霊とかそういう話ではない(?)と俺は思う。

 

従兄は耳を塞いだが、「大丈夫だ、怖くない」と爺さんは肩に手をのせた。

耳から手を外させると、そのまま話を再開した。

 

抵抗しようとはしたが、一旦ここで意識が飛んだらしい。

 

次に気が付いた時は、船を出した砂浜に寝転んでいたという。

しかも、真昼間みたいに明るい。

 

さらに普通じゃないのが、風景が静止画のようで、行き交う人も残像のように見える。

その時、浴衣を着ている人間、洋服の人間、手漕ぎじゃないデカイ船、派手な色の車、その時代にはなかった市場やテトラポット…とさまざまな物を見たらしい。

 

自分が年を取って、砂浜にテトラポットを積まれた時はかなり驚いたと言っていた。

 

要は、爺さんはその時、先にその場で起こる未来を超高速で視た?ってのを言いたかったんだと思う。

 

聞いてて「超高速」って思ったのは「目の前の風景は止まって見えるのに、明るくなったり、暗くなったりを繰り返しまくった」「気が付くと絵が変わる(?)」みたいな言い方をしてたから。

 

それで、なんでか最後の方、堤防とか色んなものが増えて、自分の立っている位置が波打ち際から遠くなっているのに気付いて、一瞬場面が赤くなったと思ったら、「何もなくなった」と言った。

 

 

『おい、大丈夫か?オイ!起きろ!』

 

って言われて気付いたら、自分の漕いでいた船の上で寝てて、別の船でやってきた近所のおっさんに起こされたんだって。

 

もう明るくなってて、けっこう沖の方に流されてたみたい。

 

ちゃんと何があったか整理するまで時間がかかったけど、釣竿は船の中。釣ってたはずの魚はない。そもそも島に上がったところからも夢だったのか?と思いながら、おっさんになんかガミガミ言われたけど、上の空だったという。

 

でもこれが夢じゃなくて実際あった出来事だったと気付いたのはその日の夕方。

 

隣の家のにいちゃんが「S島にお前んとこの屋号が書かれた桶があった」と届けてくれたという。中に魚はいなかったが、島のどこにあったか聞いたら、自分が白い手を見た付近だと分かった。

 

それから何十年も経って、テトラポットや漁協組合所、市場ができて完全に腑に落ちたというわけ。

 

爺さんは説明があんま細かくなくて、「それってこういうこと?」みたいなのを俺たちに聞かれて「そうだな。」とか「いや、多分違う。」とかでどうにか組み立てた感じだから、正直俺自身も詳細はよくわかってない。

 

もう中学の頃にはまだらボケだったし、この話を掘り起こそうとしても「おう!そうだ。」みたいに、何聞いても相槌打つばかりでダメだった。

 

だからまぁ、この話も従兄と俺の見解を組み立ててどうにか話にした程度です。

俺らが何となく気になってるのは、「最後なんもなくなった」って部分かな。

 

これからのことも爺さんが一通り視てたとするなら、結局コワい話なのかも。

 

【現代怪奇譚】地図にない場所(第7話)

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これは先週の話。

 

東京生活にあこがれて、地元で車の免許取ってようやく上京ってなって引っ越してきたのが1月末。

 

もともと東京に住んでた親戚の車を借りて、一人でドライブに出掛けたりして結構都会の道にも慣れてきた。

 

でも、飲食店のバイトで生きてるフリーターだったし、このご時世でお店も休業ってことになったから、家でマンガ読んだり、堕落した生活を送っていた。

 

とはいえ、アパートは狭いし、落ち着かない。

 

カラオケとかジムとか、ストレス発散できることもない!

推奨されてないのはわかってるけど、親戚に頼んで車を借りてドライブに出掛けた。

 

幸いガソリンも安いし、思いのほかすんなり貸してくれたからもっと早く頼めばよかったとか思ったくらい。

けっこう我慢の限界だった。

 

気候がいいし、窓を開けてラジオ流しながら運転するのはかなり気分がよかった。

人間、普段は普通にやってることでも、できなくなって有難みに気付くことってあるよね…

 

でもまぁ、最初は思いのほか、車は結構走ってた。

「みんな同じこと考えるのかな?」なんて思ってて、世田谷ら辺を走ってた時、急に耳元でブツッ!って何かが切れるみたいな音がしたの。

 

すぐラジオだと思ったんだけど、ザーザー音が鳴ってて周波数が合ってない感じ。

場所が悪いのかな?とか思いつつ、自分も耳が詰まったような感じがしてたから、とりあえず路肩に車を止めて鼻をつまんで耳抜きをした。

 

耳抜きの時一瞬目をつむったんだけど、驚くべきことが起こった。

 

視界が海。

 

一瞬パニックになった。

 

「え?え??」とか無駄に声上げて後ろ見たりしたけど、さっきの世田谷の道じゃない。

 

真っ直ぐにずーっと続く海岸線の道に居て真正面は夜の海。

耳がまだつまっているせいか、遠くの方で波の音が微かに聞こえるけど、それ以外は自分の脈の音なのかな?ボーって音が繰り返し聞こえるくらい。

 

とにかくUターンして海を背にして一本道を走ってたら松林みたいな所を通過した。

 

それでちゃんと車線のある道路に出たからとにかく海側から離れようと車を走らせた。

 

目の前の信号が黄色から赤に変わったからブレーキに力を込めた瞬間、ラジオの音が戻った。

 

咄嗟に顔を上げると、さっきの世田谷の道。

もう一回耳抜きをしてラジオを確認したり、「何?なに?え?!」とか叫んでたら、後ろからプッとクラクションを鳴らされた。

 

信号が青であることに気付き、慌てて発進させたけど、もう怖くなってソッコー帰った。

 

予期しないことが突然起こると、人間パニックになってまともに思考が働かなくなるんだね。

 

あと、暗い夜の海ってほんと怖い。あれマジでどこだったんだろう。

誰か知ってたら教えて欲しい。

車から降りてないから分からないけど、コンクリの道がずーっとまっすぐ続いてて、下はすぐ海になってるって感じだった。

 

こういう時、友達とか彼氏とかと一緒だったらもっと冷静だったのかな。

 

しばらく夜のドライブは止めとこうと思った。

【現代怪奇譚】大正ロマン(第6話)

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今は恋愛も自由にできる時代で、お見合いとかの方が少ないんじゃないかと思うけど、昔はそうもいかなかったっていうよね?

 

オレのじいちゃんの時代(大正らへん)も、ど田舎だったし、親同士が勝手に決めて結婚…とかがほとんどだったって聞いた。

 

そんで身内の恥をさらすような話なのかも知れないけど、高校の時聞いたこの話はちょっとだけ胸が熱くなった。

 

何より自分が絡んだから余計にそう思ったのかも知れない。

 

話はちょっと遡るが、オレは両親が共働きで、夏休みとか丸々田舎の親戚に預けられるようなこともあったんだけど、じいちゃん、ばあちゃんの家が狭くて、殆んどそこから歩いて行ける距離の本家で過ごしてたんだ。

 

毎日従兄たちと蝉取りとか釣りとかして遊び疲れると、奥の涼しい部屋で昼寝してた。

そこでいつも見る夢があったんだけど、当時小学生のオレが見るにはちょっとオトナな感じで悶々とした…

 

ほとんどが男目線の夢。

いつも同じ綺麗な女の人に手を伸ばして髪を撫でたり、抱き寄せたりする。

 

体温とか、呼吸とか、匂いとか、触った感触とか、話し声とか…

やたら生々しくて、起きてからもドキドキしてたわ。

 

女の人も嬉しそうだし、男の方もすごいその女性が好きなんだな…って子供心に思ったけど、やっぱちょっと刺激的だったな!

 

不思議だったのは、その夢、少しずつ展開していくようになったんだよ。

 

会いたいのに会えなくて、男の方はイライラして部屋の本を襖に投げつけたり、飯食いたくなくて、持って来てくれた人に当たったりしてた。

 

最初は川で会ってたり、どっか山の中?みたいな場所だったのにいつの頃からか、部屋だけになったのも印象的だった。

 

見た夢の内容ははっきり覚えてたり、おぼろげだったり、ばらつきはあったけど、なんかハッピーな展開になってってないのくらいは分かってた。

 

それでだ。

この夢のことを、じいちゃんの一番上の姉ちゃん(オレからしたら大叔母)の葬儀の後、ふと思い出した。

 

大叔母は大往生で悲しい雰囲気の葬儀じゃなかったし、夜、大人たちも酒が入って楽しそうだったから、ちょっと小ネタっぽくじいちゃんにあの部屋で見てた夢の話をしてみたんだ。(オトナ的な場面にはもちろん触れずw)

 

近くで他の話で盛り上がってたじいちゃんの兄妹が黙ったのに気付いて、?と思った。

 

じいちゃんは吸ってたエコーを灰皿でぐりぐりと消して、水割りをぐーっと飲んだかと思ったら、「そら、テッちゃんだぁな」と言った。

 

「兄さん!子供に話す話じゃないでしょうが。」と一番末の妹の雪婆が言った。

 

「昔話だからいい!もうみんな死んでく世代だしな。今だったらな…。可哀相なことしたしな…」と、口調が弱くなったようにも感じた。

 

他の大叔父たちはじいちゃんから見れば下の兄妹のみ。

じいちゃんの一言でみんな押し黙ったけど、他のみんなもなんか知ってる風だった。

 

その子供世代の叔父叔母連中は首を傾げている。

みんなバラバラに話してたのにいつの間にか、じいちゃんの話に注目していた。

 

じいちゃんは8人兄弟の二男と聞いていた。この当時生きていたのは既に半分。

そのテッちゃんというのは四男で、秀才で今でいうかなりのイケメンだったらしい。

 

身体が弱く、走ったりするのはあまり得意じゃなかったが、ただ顔立ちが整ってるだけじゃなく、速読ができたり、ちょっと超人的なタイプだったとも聞いた。

 

そんなテッちゃんだから、女性にはモテたし、将来もすごい期待されてたらしく、四男にも関わらず、親(曾爺ちゃん夫妻)はかなり無理して東京の学校に行かせようとかしてたんだって。

 

なんだけど、良さげな見合い話とかあっても一番下の妹が兄ちゃん大好きっ子だったらしく、ことごとく阻む。

でも本人もさほど興味がないらしく、その辺には何とも思ってなかったってじいちゃんは言ってた。

 

とはいえ、テッちゃんにもお年頃になる時はやってくる。

もうお分かりだろうが、オレが夢に見てたのは、つまりテッちゃんビジョンだったんじゃないか、とじいちゃんは言った。

 

相手の女性はどっかの集落で差別にあって逃れてきた一家の娘で、最初身なりは小汚なく、でもよく働き、教養はないけど地頭が良い女性だったという。

 

周囲の男からも避けられるような人だったけど、テッちゃんは銭湯に連れて行ってあげたり、本を貸してあげたり、最初からその人に優しく接した。

 

その内、その女性はどんどん綺麗になっていったらしい。

 

実際じいちゃんはテッちゃんから「彼女に着物を買ってやりたいから金を貸して欲しい」って言われたこともあったという。

 

世間の目もあるし、じいちゃんは「貢がされてんじゃないのか?深入りするな」と叱ったこともあったけど、「貸してくれないならいい」とすぐに話を終えられてしまったんだとか。

 

ここまで聞いて妹の雪婆は、首を振って「お茶入れてきます」と中座した。

 

とにかくじいちゃんはこのあと、「女はともかく、オレぁお前に貸す」とお金をテッちゃんに渡しに行った。ここはちょっと武勇伝っぽく言ったw

 

綺麗な着物を着て身なりが整った女性は見違えるほどで、みんな最初は誰だか分からなかったらしい。

 

二人の仲はどんどん深まっていく。

他の人間が釣り合わないとか言って、反対するほど反発するように想いが強くなっていったように感じたという。

 

オレは自分の夢を思い出しながらただただ思い当たる節に納得した。

 

結局、テッちゃんはその女性に求婚して、二人で駆け落ちする計画を立てていたらしい。

 

でも不幸が二人を襲う。

綺麗になった女性はお針子の仕事帰り、夜道で酔っ払ったガラの悪い男たちに回されてしまう。

 

女性は泣いて泣いて、あった出来事をテッちゃんに全部話したらしい。

二人で一緒に泣いて、身体が弱くて仕返しもできないテッちゃんは自分自身にも腹がたったのかそうとう暴れて、長男にボコられたって聞いた。

 

雪婆はこの辺から戻って、「まだ話してる」とか言いながら機嫌悪そうにみんなの分お茶を注いだりしてた。

 

だけど、ここら辺からみんなの記憶が錯綜してた。

女性は妊娠したとか、流産したとか、梅毒になったんじゃなかったか?とかバラバラ。

 

とにかく、周囲から「襲われたんじゃなく、金の為に体を売ってたんじゃないのか」とか色んな言いがかりをつけられたんだって。

 

まぁ、そんなんだから、当然曾ばあちゃん、曾じいちゃんも反対だったんだろうな。

勝手に見合いをセッティングし始めたり、が加速したっていう。

 

直接会えないまでも、(だいぶ後になって発覚したらしいが)二人で手紙を交換したりとかはしてたんだって。

 

だけど、女性の方が先に死んだ。

川で入水自殺だったらしい。

 

テッちゃんはそれから後追いしようとしたらしいが何度も失敗して廃人化したんだって。

 

雪婆は「テッちゃんは頭が良過ぎて人と合わなかっただけ」みたいに口を挟んだけど、最期の頃はオレが昼寝してた部屋に鍵を付けられて閉じ込められてたって聞いてゾッとした。

 

日がな一日何をするでもなく、部屋の中をうろうろと動き回ったり、女性の名前を呼んで頭を掻きむしったり、発狂したり。

 

食事も摂らないからどんどん痩せてくし。それである日突然高熱を出してそのまま亡くなったっていう。

 

すごい悲恋だと思った。

 

あとからテッちゃんの部屋からは女性からの手紙が出てきたらしく、自分を好きになってくれたことへの感謝とか、幸せになってくれたら嬉しいみたいな内容が殆んどだったんだと。

 

オレは死んだあと人がどうなるかなんて考えたこともなかったけど、二人はちゃんと再会できて、誰にも邪魔されないところで楽しくやってるんじゃないかと思った。

 

あとでハッとして、事故物件(部屋)で子供昼寝させてんじゃねーよ!と思ったけどさw

怖くはなかったからまぁいっか!

 

これがガキの頃、意図せずオトナの階段上った不思議体験。

 

【現代怪奇譚】細い客(第5話)

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私は昔、難しい試験に挑む為、時間もお金も欲しくて、昼は会社勤め、夜はホステスをしていたことがあった。

 

夜のそういう世界は初めてで、最初はタバコのにおいとかしんどかったけど、お酒は強いほうだったし、私みたく素人っぽい娘も多い店だったから、案外働きやすかった。

 

最初はホントルールとかもよく分からなかったけど、暫くすると、一緒に働く女性たちの顔ぶれも覚えてきたし、お客さんとかもよく来る人は覚えた。

 

私みたいに毎日出勤するわけでも、長く勤めてるわけでもないと、いきなり指名してくれる人って稀だし、ほとんどがヘルプで色んな席に着かされるんだけど、頻繁に見掛けるのに、一度もヘルプに着いたことがないお客の席があった。

 

ここでは仮に“田島さん”という名前で話そうと思う。

 

基本お客さんが来店したら、指名(お気に入り)の娘が来るまで、一人にはせず、他の娘が席に着いて時間を繋ぐ。だけど田島さんの席には誰も着かない。

 

黒服に「着きましょうか?」と聞いたことがあったんだけど、「あぁ、いーの、いーの!田島さんは。」と言われた。

 

不思議に思いながら待機しようと思ったら、近くに座っていたアンナさんという先輩から声を掛けられた。

 

「結衣ちゃん(私が使ってた源氏名)は田島さんが誰着けてるか知らないん?」

 

「え、誰だっけ?レイコさんが座ってるのは見たことあります。」って言ったら、「あとはカノンちゃんと恭子ちゃん。わかった?」という。

 

レイコさん、カノンさん、恭子さん…三人の共通点は。3人とも結構な巨漢。

 

そう、田島さんというお客は、本人はすごいガリガリなのに、お気に入りの娘はみんなかなり肉付きの良い人ばかり。

 

アンナさんによると、新人の娘でも大きな体格の娘が居ればヘルプに着けるけど、「中肉中背以下は要らない」と言われているから黒服もあえて着けないのだと教えてくれた。

 

「好みがはっきりしてるお客はこっちが下手に頑張んなくてもいいから楽だけんね。」といって笑いながらタバコに火を着けた。

 

「でも、うち等はラッキーだよ」と別の先輩が横から口をはさんだ。

 

「香織!知らんで!」と煙を吐きながらアンナさん。

 

香織さんという横から入って来た先輩は、舌を出していたずらっぽく笑った。

「みんな田島さんに栄養吸われてんだよ」

 

アンナさんは大きめなため息をついたけど、「結衣ちゃんは香織とちがって賢いからこういう話他の娘に言わない様にね」って口止めされた。

 

なんでも田島さんは3年くらい前から店に通っているが、今指名している3人は当初からの御指名ではなく、もう十何人と交代しているという。

 

そういえば、私が指名されていると知っていたレイコさんも最近見掛けないとは思っていた。

 

二人の話では大体こんな感じ。

・田島さん用に店には必ず体格の良い娘を入店させるようになった。

・田島さんの席に着いた大柄な娘は大体次回から指名になる。

・田島さん自身は店でビールしか口にしない。

・食事は注文するが、席に着いた娘に食べさせる。

・指名になってから長くても半年くらいでみんな辞めてしまう。(原因は病気か怪我)

・席に着いた娘はそれまでの指名されていた娘たちの末路は知らない。

 

長く勤めている先輩たちの間では、こういう法則というか、流れがある為に「田島さんは栄養を吸い取ってる」みたいにいわれているらしかった。

 

偶然だろうとは思ったが、それから2週間くらい経って、レイコさんは体調不良で店を辞めたと聞いた。

 

田島さんの席には何事もなかったかの様に新しい女の子が座っていた。

 

それから更に数日後、スラッとした長身の見たことのない女の人が紙袋に入った店のスーツを返却に来た。黒服が「分からなかった」といって紙袋を受け取っていたけど、あとで聞いたらその人はちょっと前まであの田島さんに指名されていたという。

 

退院したからスーツを返却に来たということらしかったが、黒服が冗談まじりに「元気になったなら戻って来なよ」といったら、「もうムリです」と言われたんだとか。

 

これも香織さんが教えてくれたんだけど…。

 

そうこうしてる内に私自身も試験に合格し、留学に行くことになったから店は辞めたけど、ただの偶然なのか、ホントに田島さんが栄養を吸い取ってるかなんてことは確認のしようがない。

 

あの頃はまだ若かったけど、理屈じゃないことってあるんだな…と思った話。