【現代怪奇譚】大正ロマン(第6話)

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今は恋愛も自由にできる時代で、お見合いとかの方が少ないんじゃないかと思うけど、昔はそうもいかなかったっていうよね?

 

オレのじいちゃんの時代(大正らへん)も、ど田舎だったし、親同士が勝手に決めて結婚…とかがほとんどだったって聞いた。

 

そんで身内の恥をさらすような話なのかも知れないけど、高校の時聞いたこの話はちょっとだけ胸が熱くなった。

 

何より自分が絡んだから余計にそう思ったのかも知れない。

 

話はちょっと遡るが、オレは両親が共働きで、夏休みとか丸々田舎の親戚に預けられるようなこともあったんだけど、じいちゃん、ばあちゃんの家が狭くて、殆んどそこから歩いて行ける距離の本家で過ごしてたんだ。

 

毎日従兄たちと蝉取りとか釣りとかして遊び疲れると、奥の涼しい部屋で昼寝してた。

そこでいつも見る夢があったんだけど、当時小学生のオレが見るにはちょっとオトナな感じで悶々とした…

 

ほとんどが男目線の夢。

いつも同じ綺麗な女の人に手を伸ばして髪を撫でたり、抱き寄せたりする。

 

体温とか、呼吸とか、匂いとか、触った感触とか、話し声とか…

やたら生々しくて、起きてからもドキドキしてたわ。

 

女の人も嬉しそうだし、男の方もすごいその女性が好きなんだな…って子供心に思ったけど、やっぱちょっと刺激的だったな!

 

不思議だったのは、その夢、少しずつ展開していくようになったんだよ。

 

会いたいのに会えなくて、男の方はイライラして部屋の本を襖に投げつけたり、飯食いたくなくて、持って来てくれた人に当たったりしてた。

 

最初は川で会ってたり、どっか山の中?みたいな場所だったのにいつの頃からか、部屋だけになったのも印象的だった。

 

見た夢の内容ははっきり覚えてたり、おぼろげだったり、ばらつきはあったけど、なんかハッピーな展開になってってないのくらいは分かってた。

 

それでだ。

この夢のことを、じいちゃんの一番上の姉ちゃん(オレからしたら大叔母)の葬儀の後、ふと思い出した。

 

大叔母は大往生で悲しい雰囲気の葬儀じゃなかったし、夜、大人たちも酒が入って楽しそうだったから、ちょっと小ネタっぽくじいちゃんにあの部屋で見てた夢の話をしてみたんだ。(オトナ的な場面にはもちろん触れずw)

 

近くで他の話で盛り上がってたじいちゃんの兄妹が黙ったのに気付いて、?と思った。

 

じいちゃんは吸ってたエコーを灰皿でぐりぐりと消して、水割りをぐーっと飲んだかと思ったら、「そら、テッちゃんだぁな」と言った。

 

「兄さん!子供に話す話じゃないでしょうが。」と一番末の妹の雪婆が言った。

 

「昔話だからいい!もうみんな死んでく世代だしな。今だったらな…。可哀相なことしたしな…」と、口調が弱くなったようにも感じた。

 

他の大叔父たちはじいちゃんから見れば下の兄妹のみ。

じいちゃんの一言でみんな押し黙ったけど、他のみんなもなんか知ってる風だった。

 

その子供世代の叔父叔母連中は首を傾げている。

みんなバラバラに話してたのにいつの間にか、じいちゃんの話に注目していた。

 

じいちゃんは8人兄弟の二男と聞いていた。この当時生きていたのは既に半分。

そのテッちゃんというのは四男で、秀才で今でいうかなりのイケメンだったらしい。

 

身体が弱く、走ったりするのはあまり得意じゃなかったが、ただ顔立ちが整ってるだけじゃなく、速読ができたり、ちょっと超人的なタイプだったとも聞いた。

 

そんなテッちゃんだから、女性にはモテたし、将来もすごい期待されてたらしく、四男にも関わらず、親(曾爺ちゃん夫妻)はかなり無理して東京の学校に行かせようとかしてたんだって。

 

なんだけど、良さげな見合い話とかあっても一番下の妹が兄ちゃん大好きっ子だったらしく、ことごとく阻む。

でも本人もさほど興味がないらしく、その辺には何とも思ってなかったってじいちゃんは言ってた。

 

とはいえ、テッちゃんにもお年頃になる時はやってくる。

もうお分かりだろうが、オレが夢に見てたのは、つまりテッちゃんビジョンだったんじゃないか、とじいちゃんは言った。

 

相手の女性はどっかの集落で差別にあって逃れてきた一家の娘で、最初身なりは小汚なく、でもよく働き、教養はないけど地頭が良い女性だったという。

 

周囲の男からも避けられるような人だったけど、テッちゃんは銭湯に連れて行ってあげたり、本を貸してあげたり、最初からその人に優しく接した。

 

その内、その女性はどんどん綺麗になっていったらしい。

 

実際じいちゃんはテッちゃんから「彼女に着物を買ってやりたいから金を貸して欲しい」って言われたこともあったという。

 

世間の目もあるし、じいちゃんは「貢がされてんじゃないのか?深入りするな」と叱ったこともあったけど、「貸してくれないならいい」とすぐに話を終えられてしまったんだとか。

 

ここまで聞いて妹の雪婆は、首を振って「お茶入れてきます」と中座した。

 

とにかくじいちゃんはこのあと、「女はともかく、オレぁお前に貸す」とお金をテッちゃんに渡しに行った。ここはちょっと武勇伝っぽく言ったw

 

綺麗な着物を着て身なりが整った女性は見違えるほどで、みんな最初は誰だか分からなかったらしい。

 

二人の仲はどんどん深まっていく。

他の人間が釣り合わないとか言って、反対するほど反発するように想いが強くなっていったように感じたという。

 

オレは自分の夢を思い出しながらただただ思い当たる節に納得した。

 

結局、テッちゃんはその女性に求婚して、二人で駆け落ちする計画を立てていたらしい。

 

でも不幸が二人を襲う。

綺麗になった女性はお針子の仕事帰り、夜道で酔っ払ったガラの悪い男たちに回されてしまう。

 

女性は泣いて泣いて、あった出来事をテッちゃんに全部話したらしい。

二人で一緒に泣いて、身体が弱くて仕返しもできないテッちゃんは自分自身にも腹がたったのかそうとう暴れて、長男にボコられたって聞いた。

 

雪婆はこの辺から戻って、「まだ話してる」とか言いながら機嫌悪そうにみんなの分お茶を注いだりしてた。

 

だけど、ここら辺からみんなの記憶が錯綜してた。

女性は妊娠したとか、流産したとか、梅毒になったんじゃなかったか?とかバラバラ。

 

とにかく、周囲から「襲われたんじゃなく、金の為に体を売ってたんじゃないのか」とか色んな言いがかりをつけられたんだって。

 

まぁ、そんなんだから、当然曾ばあちゃん、曾じいちゃんも反対だったんだろうな。

勝手に見合いをセッティングし始めたり、が加速したっていう。

 

直接会えないまでも、(だいぶ後になって発覚したらしいが)二人で手紙を交換したりとかはしてたんだって。

 

だけど、女性の方が先に死んだ。

川で入水自殺だったらしい。

 

テッちゃんはそれから後追いしようとしたらしいが何度も失敗して廃人化したんだって。

 

雪婆は「テッちゃんは頭が良過ぎて人と合わなかっただけ」みたいに口を挟んだけど、最期の頃はオレが昼寝してた部屋に鍵を付けられて閉じ込められてたって聞いてゾッとした。

 

日がな一日何をするでもなく、部屋の中をうろうろと動き回ったり、女性の名前を呼んで頭を掻きむしったり、発狂したり。

 

食事も摂らないからどんどん痩せてくし。それである日突然高熱を出してそのまま亡くなったっていう。

 

すごい悲恋だと思った。

 

あとからテッちゃんの部屋からは女性からの手紙が出てきたらしく、自分を好きになってくれたことへの感謝とか、幸せになってくれたら嬉しいみたいな内容が殆んどだったんだと。

 

オレは死んだあと人がどうなるかなんて考えたこともなかったけど、二人はちゃんと再会できて、誰にも邪魔されないところで楽しくやってるんじゃないかと思った。

 

あとでハッとして、事故物件(部屋)で子供昼寝させてんじゃねーよ!と思ったけどさw

怖くはなかったからまぁいっか!

 

これがガキの頃、意図せずオトナの階段上った不思議体験。