【現代怪奇譚】細い客(第5話)

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私は昔、難しい試験に挑む為、時間もお金も欲しくて、昼は会社勤め、夜はホステスをしていたことがあった。

 

夜のそういう世界は初めてで、最初はタバコのにおいとかしんどかったけど、お酒は強いほうだったし、私みたく素人っぽい娘も多い店だったから、案外働きやすかった。

 

最初はホントルールとかもよく分からなかったけど、暫くすると、一緒に働く女性たちの顔ぶれも覚えてきたし、お客さんとかもよく来る人は覚えた。

 

私みたいに毎日出勤するわけでも、長く勤めてるわけでもないと、いきなり指名してくれる人って稀だし、ほとんどがヘルプで色んな席に着かされるんだけど、頻繁に見掛けるのに、一度もヘルプに着いたことがないお客の席があった。

 

ここでは仮に“田島さん”という名前で話そうと思う。

 

基本お客さんが来店したら、指名(お気に入り)の娘が来るまで、一人にはせず、他の娘が席に着いて時間を繋ぐ。だけど田島さんの席には誰も着かない。

 

黒服に「着きましょうか?」と聞いたことがあったんだけど、「あぁ、いーの、いーの!田島さんは。」と言われた。

 

不思議に思いながら待機しようと思ったら、近くに座っていたアンナさんという先輩から声を掛けられた。

 

「結衣ちゃん(私が使ってた源氏名)は田島さんが誰着けてるか知らないん?」

 

「え、誰だっけ?レイコさんが座ってるのは見たことあります。」って言ったら、「あとはカノンちゃんと恭子ちゃん。わかった?」という。

 

レイコさん、カノンさん、恭子さん…三人の共通点は。3人とも結構な巨漢。

 

そう、田島さんというお客は、本人はすごいガリガリなのに、お気に入りの娘はみんなかなり肉付きの良い人ばかり。

 

アンナさんによると、新人の娘でも大きな体格の娘が居ればヘルプに着けるけど、「中肉中背以下は要らない」と言われているから黒服もあえて着けないのだと教えてくれた。

 

「好みがはっきりしてるお客はこっちが下手に頑張んなくてもいいから楽だけんね。」といって笑いながらタバコに火を着けた。

 

「でも、うち等はラッキーだよ」と別の先輩が横から口をはさんだ。

 

「香織!知らんで!」と煙を吐きながらアンナさん。

 

香織さんという横から入って来た先輩は、舌を出していたずらっぽく笑った。

「みんな田島さんに栄養吸われてんだよ」

 

アンナさんは大きめなため息をついたけど、「結衣ちゃんは香織とちがって賢いからこういう話他の娘に言わない様にね」って口止めされた。

 

なんでも田島さんは3年くらい前から店に通っているが、今指名している3人は当初からの御指名ではなく、もう十何人と交代しているという。

 

そういえば、私が指名されていると知っていたレイコさんも最近見掛けないとは思っていた。

 

二人の話では大体こんな感じ。

・田島さん用に店には必ず体格の良い娘を入店させるようになった。

・田島さんの席に着いた大柄な娘は大体次回から指名になる。

・田島さん自身は店でビールしか口にしない。

・食事は注文するが、席に着いた娘に食べさせる。

・指名になってから長くても半年くらいでみんな辞めてしまう。(原因は病気か怪我)

・席に着いた娘はそれまでの指名されていた娘たちの末路は知らない。

 

長く勤めている先輩たちの間では、こういう法則というか、流れがある為に「田島さんは栄養を吸い取ってる」みたいにいわれているらしかった。

 

偶然だろうとは思ったが、それから2週間くらい経って、レイコさんは体調不良で店を辞めたと聞いた。

 

田島さんの席には何事もなかったかの様に新しい女の子が座っていた。

 

それから更に数日後、スラッとした長身の見たことのない女の人が紙袋に入った店のスーツを返却に来た。黒服が「分からなかった」といって紙袋を受け取っていたけど、あとで聞いたらその人はちょっと前まであの田島さんに指名されていたという。

 

退院したからスーツを返却に来たということらしかったが、黒服が冗談まじりに「元気になったなら戻って来なよ」といったら、「もうムリです」と言われたんだとか。

 

これも香織さんが教えてくれたんだけど…。

 

そうこうしてる内に私自身も試験に合格し、留学に行くことになったから店は辞めたけど、ただの偶然なのか、ホントに田島さんが栄養を吸い取ってるかなんてことは確認のしようがない。

 

あの頃はまだ若かったけど、理屈じゃないことってあるんだな…と思った話。