【現代怪奇譚】無自覚の事故(第1話)
4月生まれだった私は、小さな保育園ではいろんなことが他の子達より早くできたように思う。確かに4、5才の幼児にとって1才の差はでかい。
3月生まれの子とはほぼ一年差がある訳だから、男の子でも体が小さく感じたり、走るのが遅いように感じることもあった。
何にせよ、できるようになれば先生や親が褒めてくれるし、何をするのも楽しかった。
楽しかったからか、当時のことはかなり鮮明に覚えているのに、部分的にぽっかりと空いている記憶がある。
ある日、母が夕飯を作っている最中に掛かってきた電話の対応をしていると、インターホンが鳴った。
姉が出ようとしたら、電話をしていた母が“私が出る”というようなジェスチャーをしたかと思うと、電話を切り、玄関へ向かった。
母が玄関に出てからしばらくして、「Aちゃん(私)、ちょっとおいで」という。
玄関に向かうと同じ保育園のYちゃんが泣きじゃくってYちゃんのお母さんと一緒にいた。
「こんばんは!」と元気にあいさつしたつもりだが、Yちゃんのお母さんは「Aちゃん、大丈夫?ごめんなさいね、Yもほら!」とYちゃんを促し、Yちゃんも泣きながら肩を上下に動かしひっくひっくと言いながら謝った。
母は、Yちゃんのお母さんに向かって「あの…実は今しがた保育園の先生からも電話が掛かってきて。Aからは何も聞いてないんです。」という。
号泣のYちゃん、ただただ謝るYちゃんのお母さん、対応に困る母…。
自分が関係していることくらいは理解できるが状況が全然掴めない。
とにかく埒が明かないので二人には帰ってもらい、母はひとしきり私の髪をかき分けて後頭部を確認したり、園服を捲って背中を覗いたりしている。
ご飯を食べながら「ほんとにどこも痛くないの?明日お母さんと病院行こうか?」などと言われても何故自分が病院なんかに行かなければならないのかわからなかった。
母から聞いた話では、私の通っていた保育園には子供には少しハードルの高いアスレチック的な遊具があるのだが、その中でもひときわ高さのある遊具の上で、私とYちゃんが口論になって、Yちゃんに突き飛ばされた私が転落したのだという。(ジャングルジムの一番高い所くらいかな?)
そのやりとりを現場で見ていた園児が数名いたのと、園内の2Fにいた用務員のおばさんが落下の瞬間を見ていたとかで、ちょっとした騒ぎになったのだと聞いた。
ただ用務員のおばさん曰く、背中側から落ちたけど、背負っていた保育園のランドセルがクッションになったのか、地面に落ちてから少し固まっていたが、立ち上がってすぐに砂場の方に走って行ったのだとか。
慌てて外に出ると、私は別のお友達と砂でお団子を作って遊んでいたらしい。
私に「大丈夫?頭見せてごらん?」とか言っても「なんで?」とか言われるだけで、砂場の他の子達もお構いなし。
転落した遊具の方ではYちゃんが泣いていて、見ていた子もびっくりして泣いていたという。それでYちゃんが謝りに来た…ということらしかったが、私にはそんな記憶はない。
この日はお昼過ぎからSちゃんという別のお友達とずっと砂場でお城やお団子を作って遊んでいた。…と記憶している。
茶色で味気ない色味だったが、咲いていたスミレを載せたらかわいくなったので二人ではしゃいでいた。
一応言われるがまま翌日は病院に連れて行かれたが、当然異常なし。
活発でよく走り回る私はしょっちゅう転んだり、たんこぶをつくっていたが、何の心当たりもないのに病院に行かされたのは初めてで、この出来事(発生後)のことはよく覚えている。
後日談というか、「なんだったんだろう?」と心のどこかで引っ掛かっていたから見ただけの夢に過ぎないと思うけど、小学生になってから、この日の夢を見たことがある。
前後はよくわからないがYちゃんがすごい剣幕で怒っている。
「でもAちゃんの方が足が速いよね」と横でTくんがロープにぶら下がりながら言っていて、内心「へへへ。」ってちょっと浮かれた瞬間、視界からYちゃんが消えて一面空になった。
「あれ?」って思ったら20代~30代くらいのおにいさんに抱えられてて、「怖かったね、次はもっとずっと先だからね(?)」って私を降ろすと頭を撫でてくれた。
恥ずかしいのと、知らない大人と喋っちゃいけないって謎のルールと、戦隊ヒーローみたいでちょっとカッコよく見えたのとで恥ずかしくなって、走って逃げた。
すごいリアルな夢だったけど、少し大きくなってからは、夢にしてもお礼を言わなかったことを後悔した。
あの出来事がなんだったかは未だによくわからないけど、おにいさんの言ってた「次はもっとずっと先」の意味がわからないのと、高校になって、私が落下したのを見てた子と同じ中学だったって子が「あいつすごい高所恐怖症でさ、プールの飛び込みもできなかったんだよ」って話してくれたのが気になった。
私のせいじゃない(それが理由じゃない)と思いたい。。