【現代怪奇譚】トラウマ(第2話)

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この間、実家に帰省した時、兄貴の嫁さんの言葉で思い出したことがある。

 

「ホントさぁ、卵料理なんてテッパンだよ!ウチ卵嫌いな奴なんて他に知らないもん。」

 

そう。兄貴は子供のころから卵がダメ。

それはある出来事が原因なんだけど、それまでは普通に卵も食べていた。

 

で、その出来事ってのが、俺が確か小1だったから一つ上の兄貴は小2。

日曜日で、オムライス作るからって母さんに言われて二人で卵割るの手伝ってたんだ。

 

そしたらふいに兄貴が「なぁ。この卵割る時のアタリ、ハズレってなんだか知ってる?」っていった。

 

「なにそれ?どういうこと?」みたいに聞いたと思う。

 

兄貴いわく、卵を割る時色んな人の声で、「アタリ」とか「ハズレ」とか聞こえるっていうんだ。

 

意味がわからなくて何度か聞き返したと思う。

 

「だからさ…!」とちょっと語気を強めて説明されたことも覚えてる。

 

なんか、友達にも聞いたことがあるらしいが、「そんなの聞こえない」「なにいってんの?」みたいに返されたっていってた。

 

俺の兄貴は当時からおとなしいっていうか、優等生気質で、俺をからかうような感じでもなかったから、ちょっと苛立ち気味に卵の説明をしたのも印象に残った。

 

でも正直俺には何も聞こえない。

「よく聞いてろよ」なんていって目の前で割ってみせたけどやっぱりなにも聞こえない。

 

なんか申し訳なくなって「今はどうだったの?」って聞いた。

 

「ちゃんと聞いてろよ!アタリっていったろ?パプア君みたいな声で…」

「ごめん、聞こえなかった…パプア君か…」みたいにいったらお互いおかしくって笑った。

 

それで兄貴はどうでもよくなったのか、パプア君連想なのかドラゴンボールの敵かなんかの話をしながら他の卵も割り続けた。

 

俺は「そいつ強そうだな!」とか思いながら聞いてたんだけど、急に兄貴の手が止まって、数秒間フリーズしてた感じだった。

 

「お母さん!」

急に叫んだから俺はビクッてなって、兄貴の手元を見たけど別に普通。

 

「お母さん!ダイキョウってなに?!」

母さんもびっくりしたのかちょっとキョトンとしてたと思う。

 

「ダイキョウって、どういう字のダイキョウ?」

平然とした口調の母に対して兄貴は目が泳いでた。

 

「字?…卵が…」とかもごもごいったあと、「アタリとかハズレみたいなやつ?かな?」とかなんとかいった。

 

「あー、おみくじのね?一番悪い、最悪ってことかな?」

 

母がいうと、一度兄貴は俺の方をみて、卵の入ったボウルを持って勢いよくシンクに流した。

 

「…あ…」俺は口を開けたままぽかんとしてたと思う。

 

「やだちょっと!なにしてんの!!」とかいって母さんが怒ったけど、いつもおとなしい兄貴がそんな感じで、水道水で卵を流し始めたから、やっぱちょっと変だと思ったんだと思う。

 

「あーあ…」とかはいってたけど、そこまでお咎めはなかった。

 

昼ごはんはチキンライスになって、それでも兄貴はまだ顔色が悪くてほとんど残したのも印象的だったな。

 

あとから兄貴に聞いた話では、さっきの卵を割った時、初めて「アタリ」でも「ハズレ」でもなく、おっさんの声で「大凶」って聞こえたんだって。

 

とくに「ハズレ」だと腐ってるとかそういうことでもないけど、ほとんどが「アタリ」で、たまに「ハズレ」が混じってる程度だったという。

 

小2のガキだったし、卵割る機会なんてそんなないから、とくになんもなくても、母さんの言った「最悪」みたいな言い回しにビビったのかもしれない。

 

それからというもの、兄貴は学校の給食でもゆで卵とか食えなくなったらしく、昔は給食残させない教師とかいたじゃん?そういう担任になった時、無理やり食わされそうになっても、口に運ぶとえづいたりして大変だったと、幼馴染から聞いた。

 

で、30も半ばを過ぎた今でも卵が嫌いらしい。

 

ちなみに、あの日を最後に自分で生卵を割ったことはないという。

本人も、「なぜか茹でたやつは聞こえないけど食いたくはない」といっていた。